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敷居 2013/02/18

お前にこの家の敷居は二度とまたがせない。


と言われたわけではないのに、敷居をまたぐ右足に緊張を覚えました。

そのぐらい敷居が綺麗に納まっています。

大工さんの仕事には表面にみえる仕事以外にも、裏側に隠れた“仕事”があります。

その仕事に着目する人は多くはないだろう。

だから何だ。と仰る人もいるかもしれない。

そんなの当たり前だ。と言う人もいるでしょう。


仕事をした自らがそういった“仕事”を語るとついつい自慢話になってしまいます。

私ごときでは今の現場ではその類の仕事にはとても手をつけられません。

しかし私は6寸角柱の陰から見てしまった。

“確かな良い仕事”というものを。

なので声を小にして自慢します。

“奥さん、この家は見えない内側にまで隠れたグッジョブが随所にあるんですよ。”

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1242 2013/02/06

軽トラの車載オーディオはAMのみ。

AMといえば1242日本放送。

朝は鈴木杏樹の“いってらっしゃい”で「お味噌汁の具の話」といった、他愛ない小話にほくそ笑み、

11時には加藤諦三氏の“テレフォン人生相談”で相談者の悩みの質に一喜一憂し、

昼時は高田文夫師匠“ラジオビバリー昼ズ”の巧妙な語りに舌鼓を打つ。

帰りは小島奈津子の“おかえりなさい”を右から左へ受け流す。

と一日の流れのリズムが心地よく、トークメインの中で、急所をズバッと突いてくる曲選び、すっかりラジオはAM派になってしまいました。

時折聞くJ-WAVEのジョンカビラのテンションには戸惑いすら感じています。


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おいさぁ〜、んおぇ〜 2013/01/29

“おいさぁ〜” “んおぇ〜”

のようなフレーズを話の節目に盛り込んで来たら、
その人は生粋の房総の職人です。

房州弁なる方言は“おいねぇ”を筆頭にちょっと漁師言葉っぽく荒削りなのが特徴です。

スピードラーニングによってだいぶ耳も聞き慣れ、
ベテランと話すときでも、前後の話の流れからその方言の意味するところは大体わかるようになりました。

“おいさぁ〜”“んおぇ〜” には特定の意味は無く、不安の裏返しであったり、話の潤滑油、景気付けのような効能があります。

“ おいさぁ〜”“んおぇ〜” を威勢良く連呼してる人ほど何か迷いや不安があるのだと思って間違いないと思います。



〈s〉

輝雄さん 2012/12/11

弊社代表高柳鉄平の父、高柳輝雄さんが他界いたしました。

一流の職人でありながら、 飾らない、茶目っ気たっぷりの人柄。
親しみを込めまして“輝さん”と 皆が呼んでいます。

世間に対する姿、形の体裁という意味だけでない、
自分自身に対する問いかけでもある“体裁”

ものづくりに取り組む真摯な姿勢。

もっと良いものにするにはどうしたら良いか?
という飽くなき向上心。

何気ない会話、その後ろ姿からたくさんのことを学ばせて頂きました。

今私が仕事をする上での根幹にあたる部分となっています。

また、誰に対しても分け隔てることなく、大らかに受けいれ、
優しい眼差しで見守ってくれる人柄のもとには常にたくさんの人が集まっていました。

憧れである輝雄さんに少しでも近づけるよう、
これからの日々精進していきます。

ありがとうございました。

安らかなご冥福をお祈りいたします。


嶋根

違和感 2012/11/24

赤と紫の違いと
薄紅色と紅梅色の違い

“赤”と括ったら同じかもしれませんが、何かが違う。
という違和感。

小さな違いに気付くのが繊細で、
大きな違いに気付かないのは鈍感なのか?

こうしたほうが良い。
の根っこにあるのは大体小さな違和感だと思います。

違和感ばかりに目を向けると、
同じであることがおろそかになりがちです。

オオモリヤの店長は飲み屋でイワシの刺身を注文し、こう言いました。

イワシ好きそうなやつは大体友達♪♪

とても良いなと思いました。

継ぎ目 2012/11/16

100m泳ぐには息継ぎが必要です。

大面積に板などを張る場合、継ぎ目が必要です。


私、どうやら継ぎ目好きらしく、
このトタン板張りの小屋には興奮して、組石造か!とツッコんでしまいました。

床板なんか張るときには、
端に合わせて切った残りを次の列に使って…
と材料の都合に従うと、無駄な余りがなくなり、
自然と継ぎ目に規則が出来ます。

継ぎ目を目立たなくするのか?
継ぎ目を美しく見せるのか?

寝転がってボンヤリと天井を眺めて、
何故か目で追うのはシミと継ぎ目です。

はっきりした意識でまじまじと見たときより、
ぼーっとした頭で見たときに、
意外と細かい所までよく見えている。


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邪魔 2012/11/06

邪魔なものは切ってしまえ。

といっても建物にはちょん切ってよい柱と駄目な柱があります。

それは構造的にどのように効いているかの判断をして、
別に補強するなどして、対策を練ります。
切って良い柱、梁はあまりありません。

どうしても邪魔だ。という場合はちょん切るしかありません。
構造的に効いていないとはいえ、いざ切るときはドキドキしました。


とある田舎でもっと楽に作物を収穫したいと考える人がいました。
専用の収穫機があるが、そいつは結構いいお値段がする。
あっ、家に古い軽トラが余ってたな?

何だよこれ、ネットにぶつかるじゃねえか。

そっか、ここから上邪魔だから切っちゃえばいいんだ。

いいんですか?

いいんです!クーッ。


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トンネル 2012/10/31

わー、千と千尋の神隠しみたい。というささやかなジブリ心と

誰が?なぜ?えっ手掘り?という探究心が同時に芽生えました。

現場への道すがら雰囲気のある小さなトンネルを見つけ遂道しました。

トンネルは便利な交通路であり、時に異界への入口となります。

その途中には何者かが火を起こしたであろう焚き火の跡が残っていました。

トンネル、暗闇、焚火....ウォー!


トンネルを抜けるとそこはまた茂原でした。


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普通の日々 2012/10/02

普通こうするでしょ。

の“普通”は人それぞれであって、
それは好きと嫌いの間の“ふつう”とは違い、
普通に美味い。の“普通”とも違います。

道に迷い、ある集落をうろついていると、同じ大工さんの仕業であろう独特の特徴のある建物が点在していました。

その大工さんの好きなやり方なのか、流行なのか、
単に材料の都合なのか?

その人にとっては普通でしょ。
というものかも知れませんが、私にとっては“ふつう”どころではなく“とても好き”に値し、また普通に良いな。とも思えるものでした。

“普通”にやるのは難しい。


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アンティーク 2012/09/05

アンティーク風な家具工事の依頼を受け、
“アンティーク”界隈の調べものをしていると、
聞き慣れない言葉たちがうろついていました。

キッチュな雑貨だとかシャビーシックなインテリアだとか、言ったら恥ずかしくて口が曲がっちゃう横文字たちです。

ただ古いだけではなく味わい深い。
陳腐だけどどこか愛おしい。

といった意味合いだと思うのですが、
この“かわいい”にも通ずるニュアンスを
男らしくズバッと捉えようじゃないかと。

全ては“いい塩梅”ということで良いのではないかと思います。
このさじ加減で捉えると“かわいい”の輪郭も見えてきます。

えー、なにこれ、ちょーいい塩梅じゃない?

うん、いい塩梅だ。



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測量2 2012/09/02

見えないものを見ようとして、黄色い筒を覗き込んだ。

そうすると距離と角度が分かるので、2辺の長さとその間の角度から三角形が決まり面積が出る。
という測量の基本は中学で習っています。

この黄色い筒を持っていない我々だったらどうするかというと、
茂みのなかにロープを張り巡らし、おーい、ロープがたるんでるよー。何だよ、ロープ切れちゃったよ。
とかやりながら三角形の3辺の長さを追い求めて、竹に刺さりながら茂みを右往左往する姿が容易に想像出来たので、いまさら測量を依頼しました。

プロの測量術を見ているとあたり前ですが、“大丈夫”な訳で、
それには2人のレシヴァとパシヴァが同じポロシャツを着ている。というポイントもはずせません。

なので今後測量の機会があれば、プロに頼むのかというと、それをやっちゃあ話はおしまいよ。

次回はお揃いの手拭いを頭に巻き、ロープと巨大分度器と巻尺を駆使し、一歩進化した測量にチャレンジしたいと思います。

いやー、やっぱ伊能忠敬先輩マジ半端ないっす。


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角をたてる 2012/08/30

「まあまあ、ここは双方の間をとって丸く収めましょうよ。」

と、人の角を丸く収めてしまう雰囲気は好きではありませんが、
テーブルの角はぶつかると痛いので、丸く納めます。

面と面がぶつかる所には必ず角が立ちます。
角にひとたび面を取ると、その面が違う角にぶつかり、そこでまた面の取りあいが始まります。
この戦いを穏便に納めるには技術が必要となります。

角での衝突を避けるため、片側の勝ち負けのルールを決めることや、
あえて角を立たせ、エッジが効いてるねー。とか洒落込むこともあります。

そして大体のことはまあまあとヤスリで丸く納めます。


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歴史とか伝統とか 2012/08/09

立派な無垢の一枚板だとか、曲がりくねって組み上げられた梁など、
技術や伝統がビンビンに感じられるもの。
そういった仕事の話を受けた場合には、
自分たちだけで判断せずに、経験のある大工さんにまず相談します。
歴史とか伝統とか意外と重んじています。えー、はい。

さて三軒茶屋の現場では伝統でも歴史でもないものが、
現場の職人、お店のオーナー含め重んじられていました。

雨といに貼られていた、無垢の一枚もののステッカーです。

これを剥がして良いのか?
塗装で塗りつぶして良いのか?

ただの落書き野郎のステッカーじゃないか。
と思ったものはだれもおらず、
そのステッカーが発する“サムシング”を現場の職人達は感じてしまったようです。

多くを語ることなかれ。このステッカーは生かそう。

とキレイにテープで養生され、塗装されずに、次の世代へと“サムシング”は受け継がれていきました。


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SWEET SOUL REVUE 2012/08/05

お疲れ様です!

昨日とある施工物件の一年点検に行って参りました

色がいい感じに出てきている
綺麗に使って頂けてる
それが率直な感想でしてなにかそれにありがたみを感じまして

しかし、お施主様は
その経年変化の色に全く気づかれてはおらず
それもそのはず、毎日見ている方と久々に見たワタクシ共とは見方も変わるというものです
たとえば、毎日顔を合わせている人が
背が伸びた、日に焼けた、太った痩せたなんて微細な変化の積み重ねにはあまり気づかないのと一緒です
(逆に久々にお会いしたお施主様からはスリムになりましたわねというお言葉を戴きました!)

引き渡した時がピークではなく、
経年変化による味、風合いを大事にできる材料を使わせて頂き、
その思惑どおりに建物が良い歳のとり方をしている
それを目の当たりにできるのはこの仕事ならでは

感慨深いものです

建物にはいくらでも言えますが、
「綺麗にお手入れされていますね、良いお歳のとり方をされていますね」
といった意味合いで失礼とならないような言葉を女性に投げかけるほどワタクシは器用じゃありません・・・
(ぷ@たまには文章も)

測量 2012/07/28

路上で黄色い筒から紅白の棒を覗いている人がいても、何を覗いているのか?
と不審に思うことはありません。

それが何か重要な長さとか高さを測っているのだろうと身なり、立ち振舞いでわかるからです。

我々も土地の形状を知るために簡易的な測量をすることがあります。

5mぐらいの範囲であれば、かなりの精度で長さ、高さを測ることは普段の仕事の範囲なので可能です。

これが50mとなると途端に作業が稚拙になり、“あやしさ”が顔を出します。

まずメジャーが30mまでしかないので、残りの20m分を移動して測るのに、
その30mの場所の印を残すのにマーキングをするものがパッと手に取った落ち葉。

高さの落差が2mの紅白棒では足りなかったので、頭の上にその紅白棒を乗せ、

身長+なんとなく目で見てこの辺だろう。という高さ。
にも関わらず“あー、4.82m。”という精度の高さ。

こういうことを路上でやっていると、何をやってる?という近隣の方の熱い視線が背中に染みてきます。

紅白棒オンザヘッドを通りかかった移動販売のパン屋さんに見られ、
大丈夫、あやしくないですよ。とパンを買うも、何があやしくないかはわからず、
パンを食べながら、あやしい測量を続ける。

初期に比べればだいぶこういった不審行動は減りましたが、

“大丈夫”と“あやしい”の境界線は油断するとすぐ目と鼻の先にやってきます。


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Homeward Bound 2012/07/16

お疲れ様です!

”住まい””住まう”を考える時に
お客様の立場に立って、と言いつつもどうしても
主観が入ってしまうものです
どうしても生まれ育った環境をメインストリームとみなしがちで、
それがめちゃくちゃ一般からズレていたとしても、
指摘されないと分からないことも多々あります
細かい生活文化はもう多岐に渡りに渡ってしまうため、
住まった住居形態のみにとどめましても、考え方に結構な差があるものです

戸建、マンション、アパート、えとせとらえとせとら

前職でお客様を探せと動き回っていた時に
戸建が建てられるご予算をお持ちなのに
「いや、マンションにしました」
なんてふられ方も多くて・・・
合点がいきませんでした
仕事ということを除いても「やっぱ戸建っしょ」派のワタクシにはどうにも
言葉で並べられているメリットを目にしてもイマイチ心に染みてこなかったのです

ドッキング雨漏り戸建、
食中毒にさせるまかないを出す定食屋を1Fに持つ戸建下宿、
川の真横の虫いっぱいのアパート、
超薄壁の社員寮、
冬寒いオーバーハングの倉庫の二階の職人寮、
雨漏り万歳の怪しげなプレファブ3階建て、
大人の事情を加味した築150年の古民家、
こわくて落ち着いて寝られない廃校、
勝手にソーホースタイルにしてしまった事務所、
人んち、
ログハウスと移り住んできたワタクシが
ご縁と事情(事情については引っ越した頃本ページならびに顔本でも発表します)があり、
茂原をちょっと離れて駅近のタワーマンション(多分、いや、きっとそう呼ばれているはず)に住んでみることになりました
なんでも経験してみないと見えてこないものってありますし、
経験ない人がする話ってどこか軽くもあるものですからそこを埋め
住まい考をちょっとばかしつめてみたいと思います
そうしたら、マンション志向のお客様を言葉巧みに住宅志向へと誘導できるかもしれないですし、
はたまたミイラ取りがミイラになり
「やっぱマンションっしょ」
なんてことも・・・
(ぷ@マンション暦もなくはないですが、やはりどこか敷居の高さを感じます)

BICYCLE RACE 2012/07/07

お疲れ様です!

気づけば一年の三分の一を実家東京で過ごしてしまいました
とは言ったものの東京人らしきこと何もしておりませんが・・・

千葉には戻ったのですが、
諸事情により足(車)がしばらくありませんので、
昨晩自転車を購入し、
自転車生活自転車通勤開始!
ブームに対し相当な遅れをとっておりますが、
一次的なものなのでブームにのったわけではないと自己完結

今まで車で走っていたところを走ると
歩道の整備が大してされておらずという状況でして、
千葉では車の方が人より強いため、のほほんと走っていたら轢かれます
そのため、今まで走ったこともない脇道裏道奥の細道を探して走ります

路地には今までにない発見があり、
建築物・そのパーツも”のすたるじい”を感じさせてくれます
温故知新と言いますか、
昔は当たり前にあったものがなくなり、今見ると
おおっと感動してしまう感覚
希少感なのか手間感からの感動なのか、
はたまたその素晴らしさを良しと思える建築知識を身につけたのか、
またはシブ好みのそういう齢になってきたのか
その辺をロジカルに解こうとも思いませんが
いいものは、いい!という思いは持っていきましょうよと思うわけです

たとえは古いですが、
映画”みんなのいえ”で建築家役の唐沢寿明が
かまぼこみたいなタイル(中竹出丸というタイルの種類)を使いたいと言い出し、それがなんなのかなかなか周りから理解が得られないのですが、
はたと職人さんが中竹出丸であることに気づき、
「コイツ新しいことばかりやろうとしているのではなくて、古いものも好きなんだな」
ということが露になって職人さんとの距離が近づく、なんてシーンもありました
こういうの、ほっこりしますよね

というわけで、通る道を変えることでちょっと町の見方の角度を変えていきます、言うなれば
つちぃ散歩・・・
なんて・・・失礼致しました
(ぷ@路地中の路地であるうちの実家の前も通ったそうで、ご冥福をお祈りします)

判断 2012/06/22

右か左か?
表か裏か?
今か後か?
鮭かタラコか?

ただ生きてるだけでも意識、無意識問わず、無数の判断の連続です。

即断即決力は現場で最も必要とされる判断力です。

おーさすが。という判断があれば、
なんじゃそりゃ。という判断もあります。

正しいとか間違ってるとかは意外と重要ではなく、判断すること自体が重要となるときがあります。

大体は何とかなる。
これが経験というやつです。

さてどうにもならない。
このときの判断が重要です。

さあどうする?

シーチキンマヨに逃げるのか?
イクラに手を伸ばすのか?
逆にサンドイッチか?
あっ、あの人のプリン美味そうだな。


〈s〉

”雨にぬれても”明日に向かって撃て 2012/06/20

お疲れご無沙汰さまです

なんとなくそわそわ、そういうことはよくあるものです
今日もそわそわ
今日は決算の結果を知らされる日です
テストが返ってくる!通知表がくる!
みたいな緊張感は
頑張った人もそうでない人もあるものではないかと思います
もちろん大筋の数字は分かっているものの、
バチッと動かしようのない数字で
「お前らの一年の頑張りはこれだ!(でしかない??)」
という数字をズドンと鳩尾に突きつけられるのは今日で、
ちょっとそわそわ
というわけで日記に手を出した次第です

さて、写真
一昨日土間をうちました、だけでは説明不足、
コンクリートを練って入れて均しておさえて土間床を仕上げました(写真はおさえているところ)
本職なしにその日限りで結成されたオールスターチームは各人がいかんなくその手腕を発揮し、且つ役割を遂行し、問題なく終えたのです

陣容は下記
先鋒:土屋行弘(建築集団海賊)均し要員
次鋒:河合雅人(雅園代表)買う練る運ぶ要員
中堅:川上秀(規矩準縄舎代表)おさえ要員
副将:小林史裕(オオモリヤ代表(予))練る運ぶ要員
大将:高柳鉄平(建築集団海賊代表)総監督要員
オブザーバー:MR.竹内 ムードメーキング要員

建築現場には作業員が多くいるイメージを持たれているかとは思いますが、実際は一人ないし二人でできる仕事がほとんど。その集合体でして。
なかなかこういう大勢で一気にというものは建築仕事になく、大工さんで言えば建前くらいのもので、
シーンは多くありません

ましてやその日限りのオールスターチーム、
普段一緒に働いていないから”合わせ”が難しいものの、
それぞれの発想を二言三言交わして、さしたる会話もないままに創意工夫のスリアワセがなされていきます
ハードなためにそうならざるを得ないとも言えますが

息もつかせずわっさーとコンクリを練って入れてならしたら一休み
その小休止にこれでもか、と談笑がなされるのは弊社周辺の特徴
終わった後も
「よかったな〜」
「面白かったスね〜」
「またやりたいね〜」
「いや〜よかった!」
などと振り返って酒を飲む
それはスポーツの試合、試合後のようなものなのではないかなと思います
毎日同じことをしていれば”ハレ””お祭り”要素もなく、こうはならないでしょうが
寄せ集めチームはそこが面白く、発見もあり、いいのではないかなと思います
ワタクシに至っては数日前から懼れに懼れ、イメージをつかむために現場の様子を見に行き、それでも前日寝付かれず、当日異常な早起きをしてしまったほどです

「臆病と強さは相反しない」(伊藤一刀斎)
結構色々なとこでこの言葉を引用しておりますが(この日記でも何度か書いているかも)
まさにその通りだと思います
これについてはまたいずれ述べさせて頂きたいと思います

(ぷ@ちなみにその後数名は夜の帳で必要もないのに”ざんげ”したそうです 顔本参照)

まっすぐ 2012/06/03

とあるA点とB点をピッと結んで、
それを“まっすぐ”と呼ぶのはあまりに単純すぎやしないかと?
これはただの最短距離であって、“まっすぐ”とは別の話では?


自分で打った墨をみて“まっすぐ”を疑いだしました。


自然のものでまっすぐなものなどほとんどありゃしません。
人の目でそのように見えるものをまっすぐと決めている。
すぐ錯覚するし、人の視覚はあいまいなものだ。

でもまっすぐを決めないと建物をつくることは出来ない。

しかし、そのまっすぐが“まっすぐ”とは限らない。


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